1万店舗を目指す スターバックスの中国市場戦略とは(前編)

みなさん、スターバックスは好きですか?全世界で2万店舗を抱える超巨大コーヒーチェーンですが、中国でも非常に大きな存在感を放っています。2017年の中国コーヒーショップ市場規模252億中国元(約4300億円)のうち、スターバックスは54.8%の市場シェアを得ており、ダントツの地位を築いています。会長のハワード・シュルツは中国市場を非常に重要視していると語っており、今後10年以内に1万店舗の出展を目指すとしています。(ちなみに日本の出店店舗数は2017年現在で約1300店舗)

今でこそ中国におけるコーヒーショップの代名詞とも言える存在にまでなったスターバックスですが、1999年に中国市場に参入した当初は、「お茶文化」が根付いた中国でどこまで成功できるのか、懐疑的な声も少なくありませんでした。スターバックスはどのようにしてその逆境を乗り越え、今の地位を確立したのでしょうか。前編ではスタバの中国市場戦略のハード面に焦点をあてるために、4P(Product, Price, Place, Promotion)の観点で見ていきたいと思います。

先に結論を述べてしまうと、実は4Pそれぞれの要素については、基本的に本国アメリカでの戦略を踏襲しています。そして中国の食文化などに合わせて絶妙にカスタマイズすることで、スターバックスらしさを保ちつつも中国で受け入れられる店舗づくりを行っているのです。では、どんな所が共通しており、またどんな部分がカスタマイズされているのでしょうか。

スタバのProductは、中国においてもコーヒーにしてコーヒーにあらず

スターバックス=コーヒーを売っている飲食店、というイメージが先行しますが、スタバの商品はコーヒーだけではありません。家、職場の他に、居心地のよい第三の場所を提供する「サードプレイス戦略」がスタバ成功のひとつの要因とされていますが、中国においてもサードプレイス戦略はしっかり受け継がれています。

上は昨今リニューアルされた、上海の中心地である静安寺駅近くのスターバックスの写真です。店内には木のぬくもりが活かされ電源もフル完備されたハイテーブルと、座り心地のよいソファ座席が配置されています。中国のカフェでは「振り返ろうとするだけで横の席の人に接触するんじゃ?」と思ってしまうほど座席同士の距離が近いカフェもありますが、スタバでは隣の人を気にすることなく、ゆったりとくつろぐことができます。上海にて店舗出店や店舗内装等のコンサルティングを行っている中国人コンサルタントに聞くと、このような居心地のよい「サードプレイス」を作り出すために、店舗の内装にかける金額は競合他社と比べて高めだそうです。店舗デザインは基本的に米国本社が行っており、様々な国で出店してきたスタバのノウハウが活かされているとのこと。

とはいえ、ビバレッジをおろそかにしている訳ではありません。スタバはそれぞれの進出国で独自メニューを展開していますが、中国でもGreen Tea LatteやBlack Tea Latteなど、お茶文化に合わせたラテを提供しています。また秋に月を楽しむ中秋節では、月の形を模したお饅頭のようなお菓子を贈る文化が中国にありますが、夏の終わりごろからスタバオリジナルの月餅を販売しています。

またコーヒーの味付けについては、コーヒーへの馴染みが薄い食文化を考慮してか、中国のスタバは他国のものより少し薄めに作っているような気がします(あくまで私の主観ですが、中国国外のスタバに行ったことがある人であれば大体同意するポイントです)。

立地の良さ(Place)と、中国語の大きな看板がPromotionの役割を果たす

スターバックスは、本国アメリカにおいてもテレビなどの伝統的メディアにおける広告はほとんど行っていませんが、中国においてもその考え方は引き継がれています。Placeとして、駅近の巨大ショッピングセンターの中や目抜き通り沿いといった立地の良い場所に出店することで、店舗自身が認知度向上に寄与していると考えられています。また緑のロゴを携えた白いカップをテイクアウトする人が、歩く広告塔の役割を担ってくれています。

と、ここまでは本国のマーケティングの考え方と大差ないのですが、中国のスターバックスで特徴的なのが、看板に中国語と英語の両方が併記されていることです。スターバックスは基本的に世界共通のロゴや看板を使用しており、韓国の仁寺洞店のように現地語を使うのは例外的とされています。下記は中国の南方に位置する厦門のショッピングモールに入っているスタバですが、中国語でスターバックスを意味する「星巴克」という文字が看板に使われています。

外国語をカタカナ表記で日本語に取り込んでしまう日本語と異なり、中国では外来語を「意味を重視して中国語に変換」するか、「音の近い漢字にあてる」ことが一般的です。スターバックスの場合は両方の方式がミックスされており、「星巴克」のうち「星(xin 発音はシン)」はスターの意味をあて、後半の二文字「巴克(bake 発音はバーク―)」は「バックス」に似た音の漢字をあてています。大学卒や若い人ならいざ知らず、40代以上の人々や高卒の人々は英語に苦手意識を持っている人が多いことを考えると、看板ローカライズによって親しみやすさを感じてもらう選択は賢明だったと言えるでしょう。

他店舗の1.6倍にもなる高めのPrice

居心地の良いサードプレイスを作るための設備投資に、プロモーションも兼ねた立地の良い場所への出店。これらを実現するためには、当然ながら競合よりも高いコストが必要であり、競合店舗よりも高めの値段設定がなされるのも無理はないでしょう。

では具体的に、競合とどれくらいの価格差があるのでしょうか。比較対象をどこに置くかが難しいものの、一例として現在上海でチェーン展開しているローカルのコーヒーショップManner Coffeeを取り上げると、アメリカーノが15元(約255円)なのに対し、スタバでは24元(約408円)と1.6倍となります。日本ではアメリカーノTallサイズで340円(税抜き)ですから、日本よりも高い価格設定がなされています。また上海には、座席が無いテイクアウト専門のコーヒーショップも増えてきましたが、Manner Coffeeと同様の価格設定であり、純粋にコーヒーだけを楽しみたいのであれば、やはりスタバは割高感が否めません。

中国には「性価比」という、日本語で言う所のコストパフォーマンスに近い概念の言葉があり、多くの中国人は性価比に敏感と言われています。シャンプーや液体せっけんなどの日用品について、日本では一人暮らし用の小さめのボトルもよく売られていますが、中国では小さめボトルはあまり好まれないとされています。それは小さめのボトルの場合、どうしても内容量あたりの価格が高めになってしまい、これが原因で性価比が低いと判断されてしまうためと言われています。

スタバとManner Coffeeの価格差は1.6倍もあるわけですから、コーヒーのみの性価比を見れば、スタバに勝ち目はないでしょう。しかしスタバには、高給ホテルのラウンジも顔負けの居心地の良い空間と、アクセスの良い立地というふたつの強力な武器を兼ね備えており、これらが性価比をぐぐっと押し上げていると考えられます。ちなみに高給ホテルのラウンジでコーヒーとケーキを頼もうものなら、平気で100~200元(約1700~3400円)飛んでいくところ、スタバであればコーヒーとケーキのセットで50元(約850円)程度。対ホテルのラウンジでは、性価比でスタバの圧勝であることは言うまでもないでしょう。

いかがでしたでしょうか。スターバックスは中国市場を攻略するにあたり、本国の戦略を踏襲しながらも、中国市場に合わせて要所要所をカスタマイズしています。後編ではスタバの戦略の実行を支えるソフト面について、見ていきたいと思います。

参考文献
China’s budding coffee culture propels Starbucks, attracts rivals|Reuters
Why Starbucks Succeeded in China: A Lesson For All Retailers|Forbes
About Starbucks|Starbucks China