さすらいタイランド

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滞在からしばらく経ってしまいましたが、タイに行ってきました。

新卒時に入社した製造業の会社にはタイ アユタヤに工場があり、製造関係のITシステムを担当していたために現地とのやり取りはそれなりに頻繁にありました。また次の職場ではタイオフィスのメンバーが日本へ長期赴任し、温泉行ったり江ノ島行ったりと仲良くしていました。と、5年前からタイとの接点は継続的にあったものの、実際に訪れたのは今回がはじめてでした。
滞在中は、すでに本国に戻っていたタイ人の友人が、空港への送迎、旅のプラン(移動は友人が運転する車)から宿泊先(友人宅)まですべて手配してくれるという、「さすらい」と呼ぶのがはばかれるスーパーVIP待遇。さすがのホスピタリティあふれるお国柄で、おそらくこれ以上豪華なさすらいは後にも先にも無いと思われます(笑)。

バンコクはやはり首都だけあって、中心部は高いビルがにょきにょき生えている大都会です。タイ人は仏教への信仰心が強いと聞いていたのですが、ビルの林の中ではそのような人やモノや現象にはお目にかかれません。うーむ、やはり21世紀のこの世において、信心深さや宗教のスピリットは、コンクリートジャングルのネオンにかき消されてしまったのか、と思っていました。

友人に連れられ、総本山とも言えるような寺院を訪れました。友人はことあるごとにスマホで自撮りをしまくり、暇さえあれば加工してFBやインスタグラムにアップロードするような、21世紀の申し子です。それまでの旅路では仏教徒の片りんすら見せなかった彼女ですが、寺院の本堂に入るとすぐさま居住まいを正し、跪いてタイ式(?)のお参りをはじめました。その豹変ぶりやるや別人とも思えるほどで、お参りが終わったしばらく後も、話しかけるのがはばかられるほどでした。彼女の仏教徒としての一面と、お参りの時に床に置いていた自撮り棒とのアンバランスさは何とも形容しがたい姿です。

工業の近代化に伴い乱立した工場は片時も休むことなくモノを供給し続け、シティに集う人々はまだまだ足りぬと言わんばかりにモノを消費し続けます。その中で、形なきものを思い信ずるココロは、モノの洪水を前にしてすり潰されかけているのではないか、と感じることがたまにあります。しかし今回の仏教国への滞在を通じ、ココロは決してモノの奔流を前にして消えてなくなってしまった訳ではなく、ただ見えなくなってしまっただけだと感じました。すべきことは、取り戻すことではなく、ココロを意識的に思い出すこと。仏教の神髄を友人から教わったような気がします。